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斎藤道三

人物データ

名前
斎藤道三(さいとう どうさん)
生誕
明応3年(1494年)?
死没
弘治2年4月20日(1556年5月28日) 享年63歳?
改名
長井新九郎規秀 → 斎藤利政 → 斎藤道三
父母
父:新左衛門尉(しんざえもんのじょう) 母:不明
義龍、孫四郎、喜平次

人物年表

【斎藤道三 年表】
西暦和暦年齢できごと
1494年明応3年0歳生誕(生誕年については諸説あり)
1527年大永7年33歳長男・義龍が誕生する
1530年享禄3年37歳長井家を乗っ取り長井規秀と名乗る
1533年天文2年40歳父が亡くなり長井家を継ぐ
1535年天文4年42歳長良川の氾濫で領地が大災害を被ったことにより出家する
1538年天文7年45歳主君・土岐頼芸から稲葉山城を手に入れ、斎藤を名乗る
1542年天文11年49歳主君・土岐頼芸が美濃から追放されたことにより事実上の美濃国主となる
1546年天文15年53歳娘・帰蝶を土岐頼純に嫁がせる
1547年天文16年54歳頼純死去(享年24歳)により帰蝶実家に戻る
1548年天文17年55歳娘・帰蝶を織田信長に嫁がせる
1553年天文22年60歳織田信長と面会する(正徳寺の会見)
1554年天文23年61歳家督を義龍へ譲り隠居する
1555年天文24年62歳息子・義龍と対立する⇒多くの家臣が義龍についた
1556年弘治2年63歳長良川の戦いにて討ち死に
(義龍軍17,000 vs 道三軍2,000)

人物メモ

  • 油売りから戦国大名まで成り上がった
  • 三度の合戦で300人を打ち取ったとの記録がある
  • 戦上手で有名であった
  • 家紋の二頭立波(にとうたつなみ)は道三がデザインした
  • 主君は土岐頼芸
  • 娘は帰蝶(濃姫)※後の織田信長の正妻
  • 茶の湯が趣味

ゆかりの地

  • 妙覚寺(京都市)
  • 稲葉山城(岐阜市):斎藤道三の居城
  • 常在寺(岐阜市):斎藤家の菩提寺
  • 道三塚(岐阜市):斎藤道三の供養碑
  • 大桑城(山県市):土岐氏最後の居城
  • 鷺山城(岐阜市):斎藤銅山が隠居所とした城
  • 聖徳寺(一宮市):織田信長と面会した寺(正徳寺の会見)
  • 美江寺(岐阜市)
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